Introduction

これは誰もが経験したことのある、もどかしい恋のかたち。偶然だった一度きりのキス、記憶の掛け違い、誤解、恋のライバル、読まれることのなかったラブレターetc 運命のいたずらに翻弄され、12年間もすれ違い続けた2人。

相手を失いたくないという想いから言えなかった、たった一言の“好き”。
12年間、ずっと近くにいたのに、気づいていたのに、伝えられずにいた想い。2人は何度も何度もすれ違いながらも、運命の糸を手繰り寄せていきます。

原作は「P.S.アイラヴユー」で鮮烈なデビューを飾ったセシリア・アハーンの2作目「愛と虹の向こうに」の待望の映画化。2004年に出版され、イギリス、アイルランドでベストセラーとなった。ロージーにはキュートな魅力に意志の強さと聡明さを兼ね備えたリリー・コリンズ。アレックスには、『スノーホワイト』の演技が高く評価された若手注目俳優のサム・クラフリン。じれったくてもどかしい2人をコミカルかつ切なく表現し、リアルな演技が観る者の共感を誘います。
あなたの運命の恋も、すぐちかくにあるのかもしれないー。

story

ロージー(リリー・コリンズ)とアレックス(サム・クラフリン)は6歳からの幼なじみで、ずっと一緒に青春を過ごしてきた友達以上、恋人未満の間柄。くだらない話も夢の話も恋の話も、なんでも2人は共有してきた。そして二人の夢は、この小さなイギリスの田舎町を離れ、アメリカのボストンにある大学へ一緒に進学すること。ところが、ある日ロージーがクラスで人気の男の子と一夜を共にし、妊娠してしまう。2人は再会を誓い、ロージーは地元に残り、アレックスをボストンの大学へと送り出す。お互いを想いながら言葉にできないままに・・・。初めて別々の人生を歩むことになる2人。記憶の掛け違い、誤解、恋のライバル、読まれることのなかったラブレター、運命のいたずらに翻弄され、12年間も2人は近づいては離れていくが・・・。

Cast

1989年3月18日イングランド生まれ。
父はロックバンド「ジェネシス」のボーカル、フィル・コリンズ。幼いころから子役として活躍。5歳でアメリカへ移住し、ユース・アカデミー・フォーオ・ドラマティック・アーツ卒業後、南カリフォルニア大学に入学。記者、司会、コメンテイター、モデルとして幅広く活躍し、ファッションアイコンとしても若い層から高い支持を得る。
その後、『しあわせの隠れ場所』(10/ジョン・リー・ハンコック監督)のサンドラ・ブロックの娘役で映画デビューを果たし、その後、『プリ―スト』(11/スコット・スチュワート監督)、『ミッシングID』(12/ジョン・シングルトン監督)、『白雪姫と鏡の女王』(12/ターヤム・シン監督)、『シャドウハンター』(12/ハラルド・ズワルト監督)と立て続けに出演し、注目が高まっている。

1986年6月27日イングランド生まれ。
ロンドンの名門演劇学校「ロンドン・アカデミーナイト・オブ・ミュージック・アンド・ドラマティック・アート」を卒業後、イギリスのテレビシリーズなどに出演。その後『パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉』(11/ロブ・マーシャル監督)、『スノーホワイト』(12)と大作映画への『ユナイテッド ミュンヘンの悲劇』(12/ジェームズ・ストロング監督)、『ハンガーゲーム2』(13/フランシス・ローレンス監督)と大作映画への出演が続き、若手俳優の中で注目を浴びている。また今後は『セブンス・サン』(15/セルゲイ・ボドロフ監督)の公開が控えている。

Staff

ミュンヘン・テレビ映画大学で監督学を学ぶ。短編映画は国際映画祭でいくつもの賞に輝き、長編映画デビュー作品『French for Beginners』(06)は、2006年夏にドイツの興行成績のトップランクを記録した。2008年にドイツで人気のチャイルドブックを映画化した『The Crocodiles』は、50を超える国際映画祭で観客賞や審査員賞を獲得。また、『The Crocodiles: Strike Back』(09)では共同脚本と監督を務め、『The Crocodiles: All for One』(10)では、共同脚本と共同プロデューサーを務めた。また、ドイツで初の全編、3D撮影した冒険映画『ビッケと神々の秘宝』(11)は、2011年秋のドイツの興行成績トップとなった。『あと1センチの恋』は初の英語映画作品である。現在は、ロマンチック・コメディ『How To Be Single』(16)の制作に取り組んでいる。

21歳の時に書いた処女作『P.S. アイラヴユー』は、40か国以上で出版された。同じタイトルの映画は、リチャード・ラグラヴェネーズが監督、ウェンディ・フィネルマン・プロダクションズ制作で、ヒラリー・スワンク、リサ・クドロー、キャシー・ベイツ、ジェラルド・バトラー、ハリー・コニック・Jr、ジーナ・ガーション、ジェフリー・ディーン・モーガンらが出演した。『P.S. アイラヴユー』(07)は、2004年に大ヒットした処女作の1冊で、アイルランドとイギリスのサンデー・タイムズのベストセラー・リストの第1位に輝いた。そしてヨーロッパとアメリカでもベストセラーになり、ドイツでは、52週間以上もベストセラー・リストに載り続けた。

Production Note

「自分の人生 をシェアするパートナーを選ぶことは、誰にとっても人生で一番大事な決断の1つなのよ。だって、もし間違えたら、人生が灰色になってしまうわ。そして、ある朝起きて、そのことに気づくことになるかもしれない。何年も過ぎてしまってからね。人って自分の目の前で最高のことが起きていることに気づかないこともあるのよ」――ロージー

小説から映画へ 『あと1センチの恋』で、リリー・コリンズとサム・クラフリンが扮している幼なじみのロージーとアレックスは、一緒になるのが運命づけられているかのようだった。しかし運命は、2人の間を引き裂いてしまう…。この作品は子供の頃からの付き合いのロージーとアレックスの複雑ながらも生涯に渡る絆を、味わい深く豊かに描き出している。大西洋を隔てた2人の絆は、お互い様々な恋愛関係の浮き沈みを味わった時も切れることなく続き、ほろ苦く甘い結末へと展開する。

「この物語はお互いを深く愛しながら、いつも引き裂かれてしまう2人の話なの」と称賛の声の高いアイルランド人の作家セシリア・アハーンは語る。彼女の小説「愛は虹の向こうに」が、この映画の原作である。「“P.S. アイラヴユー”を書き上げたあとにこの小説を書いたのよ」と彼女は21歳の時に書いた処女作に続いて執筆したこの小説について語る。 「私は登場人物の全員に、自分の中の多くのものを投影しているんだと思うの」とアハーンは言う。「でもこの小説を書いた時はまだ22歳で、自分の人生がどこへ向かっているのか、自分が何者なのか、自分は何をやっているのか、どんな選択をすればいいのか迷っていたのよ。“P.S. アイラヴユー”を書き上げたばかりで、物事が上手くいき始めたはかりだったわ。それはとてもエキサイティングなことだったけど、混乱した時期でもあった。そんな経験が私をロージーに向かわせたの。そして人生の方向を考えさせられたわ」

「この物語はお互いを深く愛しながら、いつも引き裂かれてしまう2人の話なの」と称賛の声の高いアイルランド人の作家セシリア・アハーンは語る。彼女の小説「愛は虹の向こうに」が、この映画の原作である。「“P.S. アイラヴユー”を書き上げたあとにこの小説を書いたのよ」と彼女は21歳の時に書いた処女作に続いて執筆したこの小説について語る。
「私は登場人物の全員に、自分の中の多くのものを投影しているんだと思うの」とアハーンは言う。「でもこの小説を書いた時はまだ22歳で、自分の人生がどこへ向かっているのか、自分が何者なのか、自分は何をやっているのか、どんな選択をすればいいのか迷っていたのよ。“P.S. アイラヴユー”を書き上げたばかりで、物事が上手くいき始めたはかりだったわ。それはとてもエキサイティングなことだったけど、混乱した時期でもあった。そんな経験が私をロージーに向かわせたの。そして人生の方向を考えさせられたわ」

「P.S. アイラヴユー」が2004年に出版されると、アハーンは一気に有名になった(現時点で、アハーンの9冊の小説は世界中で1600万部以上を売り上げている)。世界的ベストセラーとなったことで、映画産業も注目することとなった。2007年にリチャード・ラグラヴェネーズ脚本・監督で映画化された『P.S. アイラヴユー』は、ヒラリー・スワンク、ジェラルド・バトラーが主演し、世界中で1億5000万ドルを超える興行収入を記録した。

「アハーンが書いた“愛は虹の向こうに”の一言一句そのまま、脚本に置き換えることは不可能だということは誰の目にも明らかだったわ」とイギリスでストーリーを再構築した脚本家のトウィディは説明する。「フィルムメーカーたちが私に望んだことは、セシリアが書いたもののスピリットを継いで残して欲しいということだったの。

アハーンは登場人物にあふれるほどの愛情を注いでいたから、キャラクターに命を吹き込むのは簡単だったわ。それにロージーとアレックスの関係もリアルに描きたかったの」と脚本家のトゥデイが続ける。「実際、すべてのキャラクターを描くのが本当に楽しかった。どんなに小さな役でもよ。画面に登場したら光るように彼らにイケてるセリフを用意したわ。たとえどんな端役でもね」

「トウィディは原作のユーモアをちゃんと引き出してくれていた。それは可笑しくもあり、鋭くもあって、そしてハートのあるものだったの」とアハーンは言う。「原作のエッセンスがそこなわれずに映画に活かされることが、私にとって大事なことだったから、ジュリエットの脚本にはすごく満足しているのよ」

「コメディの傑作は僕らを泣かせるし、ドラマの傑作は僕らを笑わせる。この2つは常に結びついている」と監督は説明する。「ジュリエットの『あと1センチの恋』の脚本は、この両方の世界を合わせ持っていた。可笑しくて笑い出してしまうシーンもあれば、心動かされるシーンもある。脚本も小説もその完全なバランスを保っていたからなんだ。だから僕がしなければならないことは、可笑しいシーンをさらに可笑しく、感動的なシーンはさらに感動的にすることだった」

さらに映画の成功にもっとも重要なことは、親友でありながら、お互いに一緒にうまく行動できないように運命づけられている主役の2人――ロージーとアレックス――の俳優をキャスティングすることだった。彼らを演じることができる完璧な俳優を見つけることが、極めて重要な問題だった。

しかしリリー・コリンズとサム・クラフリンをキャスティングしたフィルムメーカーたちにとって、彼らはこれ以上ない選択だった。

「この業界で、こんなことは絶対に起きないよ」とプロデューサーのロバートは皮肉な笑顔を浮かべた。「でも今回は起きたんだよ」

■リリー・コリンズ (ロージー役)について。 「すぐに気に入っちゃったのよ」と『あと1センチの恋』の脚本を読み、出演を決めた経緯についてコリンズは語る。「脚本を読んだ後、あの役を演じていない自分が想像できなくなったの」

「誰でもロージー的な部分が少しはあると思うけど、私には思い当たる節があったのよ」とリリーは続ける。「ロージーはカリスマ的で、シャイな部分もあるんだけど、意思は強いの。ごく普通の十代の女の子が陥りがちな状況に身を置きながら、ゴールに向かう自分の邪魔を誰にもさせないのよ。おかしなことをする時もあるけど、ほとんどの場合、チャーミングなのよ。もちろん、ロージーは信じられないくらい強い子なの」

監督の協力を得て、リリーは独自のキャラクターを作り始めた。「ある意味、私がロージーに合わせ、そしてロージーを私に合わせたの」とコリンズは語る。彼女は役作りのためにアメリカ人発音をやめ、同時に何年にもわたるロージーを演じる挑戦を行い、思春期の少女から大人の女への移り変わりを演じたのだ。

「すごく大変だったわ」と年を重ねて大人になっていくキャラクターを演じたコリンズは語る。「特殊メイクは使わないで、髪型やメイク、服装などを変えたのよ。若い女の子が使っている言葉は、年をとった時は使うのをやめたの。仕草や姿勢もそうで、身のこなしや歩き方も変えたのよ。最後には、プレイバックを見て、思わず思ったの。“何なの? まるでママそっくり!”って」

彼女について、監督は次のように語っている。「リリーは、とんでもなく頭が切れる、才能豊かな女優だよ」と監督は語る。「しっかり自分に向き合っていて、感情表現も豊かだ。だから僕は基本的には、自分の心の声に従って、可能な限り正直になるようにと勇気づけるだけだった。よく最初のテイクは、何の指示も出さないこともあった。思うようにやらせたんだ。今までセットではそんなことをさせたことはなかったんだけど、結果は素晴らしかった。スタッフを見ると、体格のいい屈強な男たちがファースト・テイクで涙を流していたんだ。彼女の演技にすごく心を動かされたんだよ」

「リリーは、まさに小さな宝石だよ」と主演女優を評するのはプロデューサーのサイモン・ブルックス。「毎日のように僕は彼女に“どうしたら、そんなに素晴らしい演技ができるんだい?”と聞いたくらいさ。彼女は面白い子だけど、細心の気遣いが必要とされる情感たっぷりのシーンも見事にこなせる。僕は彼女が感動的なシーンを演じる時、その場にいた人間がどれだけ彼女の演技に心を動かされるのか見てきた。彼女は初日からこのプロジェクトにコミットしていた。女優としての彼女とその演技には感服するよ」

■サム・クラフリン(アレックス役)について。 「2人の俳優の化学反応が、まさに部屋中を包んだんだ」と2人の初めての台本の読み合わせの時を監督は振り返る。「その日から、リリーとサム以外にあのキャラクターを演じられる人間がいないことがはっきりした」「サムと私が初めて会った時、まさにロージーがアレックスに会ったみたいだった」とリリーも賛同する。「私たちは最初からうまが合ったし、監督とも有意義な時間を過ごせたわ。言ってみれば、あの日にロージーとアレックスは創られたんだと思うの。びっくりするような感じだったわ」

クラフリンにとって、『あと1センチの恋』に出演できるかもしれないということは、いろいろな意味で魅力的なことだった。まず脚本とリリーとの共演にひかれたうえ、また彼はこのジャンルのファンであり、前の出演作からイメージの脱却ができると思ったのだ。「この数年でかなりの数の脚本を読んできたけど、この作品ほど興味を持てるものはなかったんだ」と出演理由をクラフリンは語る。「2人のキャラクターの人生の旅が、僕の琴線に触れたんだよ。それに現代劇というか、今風の作品をやってみたかったからね。全体的に見て、悩むことはなかったよ」

「サムは若いころのヒュー・グラントに似ているんだ」と前途有望なサムと彼の『あと1センチの恋』の演技をブルックスは評する。「この作品では、彼に本当の演技をすることを許したんだ。
共演者のリリー・コリンズ同様に、クラフリンにとって最大の難題は、思春期から大人の男への移り変わっていくキャラクターを演じることだった。「最初のころは難しかったけど、メイクや衣装のおかげで次第に慣れていったよ。アレックスを演じるにあたって、周到な準備をする必要はなかった」と彼はキャラクターに対する全体的なアプローチを解説する。「その代わり、監督はリリーと僕にお互いをよく知るための時間を作ってくれた。

シーンでの自由な演技や、流れの中でアドリブも許してくれた。彼が主導権を握っていないところが、映画の半分もあるとは思わないけどね。彼は情熱的な反面、おっとりしたところもある。一緒に仕事をするには、楽しい人だよ。それに彼のこの作品に対するヴィジョンも、けた外れにすごいんだ」

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Review

新谷里映(映画ライター)

親友から恋人に発展することはあるのか、そもそも男と女の友情はあるのか──。時代が移り変わっても、誰もが一度はこの題材にぶつかり、悩み、考える。けれど実際は親友から恋人になることだってあるし、男女の友情が成立することだってあるし、その逆もある。結局のところ、一般的に言われている“恋の三原則”──Timing(タイミング)、Feeling(フィーリング)、Happening(ハプニング)の組み合わせによってさまざまな結果があるということ。方程式のような確実な答えがないからこそドキドキするのであって、切なくてもそれが楽しくもあって、それが恋というもの。

この映画『あと1センチの恋』はそんな恋の醍醐味がギュッと詰まっていて、6歳の頃から親友同士のロージー(リリー・コリンズ)とアレックス(サム・クラフリン)の友達以上恋人未満の関係が描かれる。この2人、何でも話せるし、楽しいと思うことやモノに対する感覚が同じで、傍から見る限りでは相思相愛、これ以上の相手はいないでしょ? というお似合いのカップル。だからこそ映画を観ていると、なぜそこで「好き」という二文字が口に出ない! と2人を急かしてしまう。しかしながら、彼らが喉まで出かかっては「好き」を何度となく吞み込んでしまうのは、本当に相手のことが好きだから。

そういえば自分にも似たような経験があったなぁと、しばし回想モードに……。好きな相手に「好き」と言ったことで、もしも相手が自分を好きじゃなかったらどうしよう? 告白したことで友達の関係が壊れてしまったらどうしよう? 自分勝手にあることないこと妄想をして、だったらこのままでいいや、という選択をしてしまったり。あるいは、妄想しすぎて「好き」と伝えるタイミングを逃し、気づいたら相手に好きな人や恋人ができて、その恋を応援しちゃったり。それはまさにこの映画のロージー&アレックス状態。誰もが経験したことのある想いを描いているからこそこの2人に共感してしまう。

初恋の人とは結ばれない、とも言う。けれど、それはロージーとアレックスのように想いをうまく伝えられないだけのこと。彼らのように、たとえ12年間すれ違い続けたとしても、結ばれる人はちゃんと結ばれる。結ばれるかどうかの境目は邦題にある“1センチ”の恋の距離を、あと1センチで想いが届くと捉えるか、まだ1センチも先にあると捉えるかにあるのかもしれない。たかが1センチ、されど1センチ。そして、タイミングとハプニング。フィーリングがばっちりの場合、タイミングとハプニングによっては12年もかからずにハッピーエンドになるのだろう。ただ、予定外の妊娠で進学をあきらめるロージー、大学生活のなかで新しい恋人を作るアレックス……など、いったん別の道を歩いてしまうとなかなかもとの道には戻れなくなる。でも、好きという気持ちはずっと変わらずに抱いている。であるからこそ、すれ違っていく2人の関係がものすごくもどかしくて、ものすごく切なくて、その感情が自分自身のかつての恋の感情とリンクして胸がキュンと締めつけられる。

そんないくつものキュンを体験できるのは、ロージーとアレックスの12年間に起こるエピソードを深く描きすぎていないことにもある。物語として深くは描かないながらもロージーのアレックスへの想い、アレックスのロージーへの想いをしっかりと映し出していくことで、こんなにすれ違っていた2人なのに最後には……という感動につながる。数多くのすれ違いエピソードが描かれることで、そのいくつかに自分自分が重なり、共感度が高まるという仕組み。恋愛映画としての煽り方は実にうまい。

恋人や結婚相手に求める条件として、もしくは別れる原因としてのトップ条件である“価値観”についても考えさせられる。たとえば、幼い頃から自分がいろんなモノになる夢をみるアレックスが、ある日、恋人のサリーに「矢になって空中を飛んでいく夢を見たんだ」と話をするシーンがある。彼女は「その感覚、私には分からないわ。精神科に相談したら?」と会話は続かず、結局サリーとはいろんな意味で表面的な付き合いだったことが後に明らかになる。そのときのアレックスの心情は「ロージーならこの感覚分かってくれるのに……」というものだろう。そんな“感覚”をはじめ、映画を見て笑う場所が同じだとか、嫌いなものが一緒だとか、子供の頃も大人になっても変わらない人の本質──その一部が似ていることが“好き”につながり“恋”になっていく。

そんなふうに、本当に好きな人は誰なのかを気づかせてくれる、恋する相手に向かって1センチ背中を押してくれる映画でもある。嬉しいことも悲しいことも何かあると報告してしまう相手、笑い合える相手、ときには本音をぶつけて自分のイヤな部分を見せられる相手がいて、しかもお互いが独身だとしたら──きっと想いを伝えたくなるはず。

最後にもうひとつ。これまで数多くのラブストーリーを観てきたなかで、リリー・コリンズとサム・クラフリンはかなりパーフェクトなキャスティングだということ。美男美女すぎて嫌みになってしまったり、俳優の個性が出すぎて多少の違和感を感じたりすることが時々あるけれど、リリーとサムのカップルは不思議とそれらを感じさせない魅力を持っている。だから心から応援したくなる。間違いなく今年一番のベストカップルだ。

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